FC2ブログ
連載 私の雑記帳(30) 「ゆうメイト」
2008/02/19(Tue)
 2003年の区議選では、88票差で落選。先ずは、生活のための仕事探しです。
 やっとのことでホテルの洗い場の仕事に就きました。夜11時から翌朝7時30分までの勤務で、時給が1,000円でした。ここで7ヶ月働きましたが夜勤体制の縮小から、新しい仕事を探すことになりました。
 幸いに、新木場にある新東京郵便局の小包区分の仕事がすぐに決まりました。郵便局では非正規社員のことを「ゆうメイト」と呼んでいます。当時ゆうメイトの勤務体系は3通りありまた。 私は週5日、夜10時から翌朝5時45分まで実働7時間の「新夜勤」を選択しました。
 夜中の2時頃になると、猛烈な睡魔が襲ってきます。職場の仲間に目をやると、舟をこぐように仕事をしています。そして、労働災害が毎日のように発生しました。
 真夜中に到着した荷物を集配郵便局行きのパレット(台車)に区分けして、赤い郵便車がとりに来る早朝の発走時間までに、すべての荷物を処理しなければなりません。
 お中元やお歳暮の時期は繁忙を極め、荷物に埋もれました。新米の時期には10㌔の米袋が山となりました。                                     つづく
この記事のURL | 私の雑記帳 | CM(0) | ▲ top
連載 私の雑記帳(29)  ひと時の安らぎ
2008/02/01(Fri)
 2003年4月の区議選で、私は最下位当選者と88票差で惜敗しました。
 落選後の1番の難問は、仕事を探すことでした。ようやく決まったのが、大手ホテルの厨房の洗い場の仕事でした。夜11時から翌朝7時半までの夜勤で、時給は1000円でした。
 食洗機の熱で40度近くになっている洗い場で、汗まみれで大小の皿を洗い、グラスやナイフ、フォークを磨きました。
 洗い場には、日本語学校や大学に通っている中国人の青年が働いていました。日本語検定で良い成績をとり、日本の大学を卒業して帰国しようと、3時間ほどの睡眠で頑張っている若者たちです。
 しかし、きつい仕事と学業の両立は難しく、こころざし半ばで挫折して帰国する学生が多いのです。
 私はちょうどその頃、大学で中国語を勉強している最中だったので休憩時間になると日本語と中国語をお互いに教えあいました。つらい中でのひと時の安らぎとなりました。
 洗い場は業務用の強力な洗剤を使用していたので、1ヶ月もたたないうちに手の皮が剥け、爪はがたがたの状態になりました。                             つづく
この記事のURL | 私の雑記帳 | CM(0) | ▲ top
連載 私の雑記帳 (28) 皿洗い
2007/12/27(Thu)
 私は、最下位当選者と88票の差で惜敗を喫しました。
 私自身の議員活動がどうだったのか、考えてみると反省する点が本当に多いのです。私は初挑戦したときの新鮮な気持ちに立ち返って、再挑戦する決意をしました。
 しかし、喫緊の問題は、これから4年間の生活をどうするかということでした。蓄えはなく、まず仕事を探さなくてはなりません。求人誌を求めるにも近所のコンビニではなかなか気が引けるものです。
 ようやく決まったのが、大手ホテルの洗い場の仕事でした。夜11時から翌朝7時30分までの夜勤で、時給が1,000円でした。
 ホテルのレストランの洗い場は本当に忙しく、大型食器洗い機の熱で室温が40度近くになります。ダイエットしなくても、3ヶ月で8キロも体重が減りました。
 私の手取りは18万円そこそこで、妻は仕事を増やし、長男はバイトで大学の学費をすべてまかなうことになりました。     つづく
この記事のURL | 私の雑記帳 | CM(0) | ▲ top
連載 私の雑記帳 (27) 「まさか・・・」は大敵
2007/12/27(Thu)
 私は、1999年4月の区議会議員選挙で2,617票を得て初当選しました。
 しかし、2003年の区議選では、2,125票で最下位当選者と88票差で惜敗する結果となりました。
 44の議席を60人を越える候補がしのぎを削る多数激戦でしたが、「まさか落選するとは・・・」と、陣営も私自身も思っていませんでした。しかし、その「まさか」が「何とかなる」を生み、本来持っている総力を発揮することが出来ませんでした。
 また、私と同じ町会 に住んでいる方が、直前に出馬を決めたことから、「正保は大丈夫」という雰囲気とあいまって家族票を分けるという流れが広がっていきました。
 しかし、一番の敗因は、楽観論を生んだ私の活動の甘さにありました。
 選挙戦というのは大変厳しいもので、勝つか負けるかは天地の差です。選挙戦前に「祝勝会」のつもりで取っていた会場も「ご苦労さん会」に変わりました。
 私は妻と並んで敗戦の弁を述べましたが、期待にこたえられなかったというのは本当につらいものです。
 しばらくの間、ボーッとした日々が続きました。       つづく
この記事のURL | 私の雑記帳 | CM(0) | ▲ top
連載 私の雑記帳 (26)  50億円の「温泉計画」
2007/12/14(Fri)
 2001年6月、夢の島・旧清掃工場跡地に50億円かけて建設が予定されていた『温泉施設』が中止となりました。
この温泉計画は、ドリームアイランド計画と呼ばれ、新江東清掃工場の開設に伴い、「江東区民に多大な迷惑をかける見返り」として、東京都の補助金を投入してつくるというもの。
 どんな「箱物」を建設するのか、区と議会が10年越しに検討を重ねていました。
 私は、本会議で質問でこの問題を取り上げ、「将来に大きな禍根を残すこの計画は、中止を含め抜本的見直し」を求めました。
 区は、民間企業に設計、建設、管理運営を任せるPFI方式を採用するので「コスト削減ができる」「うまくいく」といって耳を貸しません。
 私は徹底的に資料を調べ、決算委員会などで「毎年最低でも1億5千万円の経常赤字が発生し、孫子の代まで負担を背負わせる無謀な事業だ」「臨海部に建設予定の日本最大の温泉テーマパーク『大江戸温泉物語』と競合し、来客が見込めない」ことを指摘しました。
 区は、とうとう採算が赤字になることを認めました。この私の質問を機に、与党からも中止を求める質問が次々に飛び出してきました。
 室橋区長(当時)は、温浴施設の建設を断念するとマスコミに発表しました。    つづく
この記事のURL | 私の雑記帳 | CM(0) | ▲ top
前ページ | メイン | 次ページ