スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
よもやまばなし 「護岸ギャラリー」  下
2009/05/16(Sat)
 っと聞いていた小松崎区長(当時)は、「君、その絵は消すことはできるのかね」と課長に尋ね、「できます」と答えると、「先ずやってみて、まずかったら消せばよい。試験的にやってみたらどうか」。
 この一言で決まりました。ネーミングは、視察してきた愛知県蟹江川の?河川ギャラリー?をヒントに?護岸ギャラリー?と命名。
 
 長は日曜日、部下の主査を自宅に招き、奥さんの知恵も借りて作戦を練りました。
奥さんの知人である画家の彦坂和夫氏にノウハウを電話で聞き、都内の六美大生(武蔵・女子・多摩美大、東京芸大、日大芸術、和光大美術)に手ほどきしてもらうことで一致。

 1984年3月、美大生らの壁画をスタートに、その後、小学生や一般参加を募集したところ、予想以上に好評であり、マスコミからの取材や、各地からの見学者が多くありました。
 また、NHKの天気予報のバックスクリーンとしてしばらくの間、放映されました。  (区親水館資料から)

 護岸の歴史  彦坂和夫・作  都立東高校前      space5  女子美大  臼井えり子・作 1984.3
   「護岸の歴史」           「SPACE5」 
 彦坂和夫・作 1984.3     女子美大 臼井えり子・作 1984.3      

 の大切な壁画が、最近まで蔦や雑木で埋もれていましたが、(私の指摘もあり)剪定され、再び鑑賞できるようになりました。
スポンサーサイト
この記事のURL | よもやまばなし | CM(0) | ▲ top
よもやまばなし  「護岸ギャラリー」  上
2009/05/13(Wed)
 仙台堀川公園の桜と護岸ギャラリー (仙台堀川公園の桜と護岸ギャラリー)

 台掘川の整備に伴って、在来護岸は無用の長物となり、殺風景となりました。
 しかし、これを取り壊すのには莫大な費用がかかり、都も許可しないことが予想されることから、護岸壁面に絵を描く案が浮上しました。
 時は、渋谷駅前のパルコにペイント描きの大壁画がありましたが、公共施設にペンキで絵を描くのは不謹慎といわれる世相。担当課長は悩み、ためらっていました。
 の時、愛知県蟹江町で、川の護岸に小学生が交通安全の標語を絵入りで描いた河川ギャラリーの新聞記事を見つけました。 早速、ひとり現地に飛び、確信を抱いて帰りました。
 よいよ予算折衝の段階を迎えました。担当課長が小松崎区長(当時)ほか首脳部に考えを説明しました。
 ところが、企画部長は、「よく銭湯に描かれている富士山がイメージされ、公共施設には息苦しいから賛成できない」というのです。
 長は、「銭湯とは雰囲気が違います。一つのテーマを設定し、ギャラリーとして芸術性を高めます」と反論。区長はじっと聞いていました。  (次回につづく)
この記事のURL | よもやまばなし | CM(0) | ▲ top
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。