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62年ぶりの卒業式  江東区立小名木川小学校
2007/10/30(Tue)
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給油量 隠ぺい疑惑の解明を
2007/10/30(Tue)
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議案の賛否 私たちのモノサシ
2007/10/26(Fri)
議案の賛否 私たちのモノサシ

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2025年、団塊の世代をターゲット 後期高齢者医療制度の中止を
2007/10/26(Fri)
2025年、 団塊の世代をターゲット 後期高齢者医療制度の中止を

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連載 私の雑記帳  (22) 大震災の神戸へ
2007/10/25(Thu)
 区議選の年、1995年1月17日の早朝にマグニチュード7.2の阪神・淡路大地震が発生しました。
 この地震による被害はきわめて甚大で、死者5千人以上、負傷者2万6千人以上、被害家屋10万棟以上、さらにライフラインが寸断されるなど、1923年の関東大震災に告ぐ大被害をもたらしました。
 2月3日、日本共産党の震災ボランティアとして、ヘルメットにリュックを背負って現地入りしました。
 神戸の被災地へ飛んでいくと、古い木造家屋が倒壊し2階が1階を押しつぶしていました。長田区では市場周辺がすべて消失し、一面焼け野原でした。
 私たちボランティアの作った豚汁は「あったかくてうまい」と好評で長い行列ができました。全国から届けられた心のこもった物資も被災者の要望に応えて届けました。どこでも大変感謝されました。
 神戸から帰った私は、早速地域の住民の皆さんと防火貯水槽設置の署名運動に取り組み、関係省庁と交渉を重ねました。
 その結果、北砂3丁目の北砂中央地区集会所の地下に40トンの耐震性防火貯水槽が設置されました。道が狭くて木造家屋が密集し、ごちゃごちゃしている私たちの下町に、災害時の安心が一つ増えました。 つづく
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認可保育園の不足が一番の問題だ
2007/10/23(Tue)
認可保育園の不足が一番の問題だ

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テロ根絶に何が必要でしょうか
2007/10/23(Tue)
テロ根絶に何が必要でしょうか

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マンション建設調整条例の継続を
2007/10/19(Fri)
おはよう№207


おはよう№207

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連載 私の雑記帳  (21) 27票差で惜敗
2007/10/18(Thu)
 1995年4月、37歳で江東区議会議員選挙に初挑戦しました。
 結果は1680票で次次点で落選。当時の江東区議会議員の定数は48名で50位。最下位当選者とはわずか27票差でした。
 しかし、当選と落選では天地の差です。即日開票だったので、その夜10時頃には大勢が判明していました。
 私と妻は、支持者が待っている丸八通りの選挙事務所に向かいました。二人とも無言でした。歩きながら、支援者の人たちの前でなんとお詫びしようかと考えていました。
 事務所には、多くの支援者が不安顔で待っていました。「大きなご支援をいただきながら、私の力不足で申し訳ありません」と声を振りしぼりました。敗戦の弁は本当につらいものです。
 その日の夜は、とても長く感じました。
 明け方、栗本哲男選対本部長が「申し訳なかった」と私に深々と頭を下げるのです。そして「区議団事務局長として捲土重来を期してほしい」と言われました。その言葉が本当にうれしかった。
 私の目にも栗本本部長の目にも、悔し涙があふれていました。   つづく
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上高地へ行ってきました  10月13日~14日
2007/10/16(Tue)
 すなまち山の会の第27回定例会で、長野県の上高地へ27名で行ってきました。
 上高地は紅葉が始まったばかり。環境保全のためもあって近くの駐車場で観光バスからシャトルバスに乗り換え、河童橋で下車。
 白い雲が青空にくっきり浮かび、河童橋から見上げる穂高連峰はけわしい岩肌をむき出しにし、手が届くような近さで雄大にそびえたっていました。
 行楽シーズン真っただ中とあって観光客とハイカーでいっぱい。橋の上は通行する人と、人の途切れるのを待ってシャッターチャンスを狙っている人、人、人・・・。
 1日目は、宿泊するキャンプ場のケビンに荷物を置き、明神池と徳沢キャンプ場までの2グループに分かれて散策を楽しみました。
 明神池の嘉門寺小屋のイワナの塩焼は最高。皆、頭から尾っぽまで余すところなくペロリ。その日の夜は、ケビンの外で炉をつくり、みんなで食材を持ち寄って闇鍋をしました。即興の歌と踊りで盛り上がりました。
 2日目も天気は最高。
 河童橋~大正池まで歩き、大正池前からシャトルバスで観光バスの駐車場まで戻りました。昼食は手打ち蕎麦を食べ、店主から紹介された地元の人たちの憩いの場となっている竜王温泉に寄りました。
 この温泉は、山のふもとにある町営の温泉で、露天風呂で知り合った地元の方は「いままで観光バスなんて来たことない」と話していました。やはり情報は地元の方の口コミが一番。
 恒例のカラオケを楽しみながら帰路につきました。
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連載 私の雑記帳  (20) 区議選に初挑戦
2007/10/11(Thu)
 1994年4月、私が譲り受けて5年、創立以来30年続いて来た亀戸書店を閉店しました。
 その後、日本共産党江東地区委員会に勤務し、翌年の江東区議会議員選挙の候補者として活動することになりました。私の活動地域は、北砂2丁目から7丁目、南砂5丁目で有権者が約3万人のエリアが割り当てられました。
 反対する妻をどうにか説得し、北砂に賃貸の借家を探し、7月末の猛暑の中を東砂から転居してきました。それからは、候補者活動が中心の生活となりました。
 この地域は斉藤只雄元区議の地盤でした。斉藤只雄さんは山形県鶴岡市の出身で、山形弁で話す面倒見の良い方で「福祉の人」と呼ばれるほど絶大な信頼を受けていました。ところが、残念なことに5期目の当選を果たした後、2年の任期を残して胃がんで亡くなりました。
 1991年に斉藤さんの後を受けて豊田文男さんが立候補しましたが、最下位当選者と30数票の僅差で涙をのみました。
 1995年4月、私は「12年ぶりの議席奪還を今度こそ」という支持者の大きな期待を背負って区議選に出馬しました。        つづく
 
 
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連載 私の雑記帳  (19)亀戸書店閉店
2007/10/05(Fri)
 1989年6月、赤字経営が続いていた亀戸書店を引き継ぐことになりました。
本棚は、教育専門書と社会科学系の書籍が中心で、店売りのほかに学校事務室や教員へ教育冊子などを届けていました。
 本の仕入れは、神保町にある取次店の鈴木書店まで50CCの三輪バイクで行きましたが、ある日こんなことがありました。仕入れに行く途中に、右折車と衝突して救急車で病院に運ばれるという事故にあいました。「これで私も終わりか」と思ったら、幸い軽い打撲ですみました。
 本の価格は、文化の普及が目的と言うことで再販制度というのがあります。大型店でも町の小さな本屋でも、都会でも田舎でも全国どこで買っても本の値段は変わりません。
 しかし、小売店の利益は価格の2割にしかならないのです。取次店から買取りのもの、一定期間あずかり、売れたら補充し、残ったら返品して清算するものがあります。月末の支払い時にはいつも胃がキリキリ傷みました。
 1994年4月、売り上げ減のため5年間頑張ってきた、そして創立30年の亀戸書店を断腸の思いで閉店しました。  つづく
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子育て家庭の経済的支援の拡充をー 決算審査特別委
2007/10/04(Thu)
 9月28日の決算審査特別委員会において、「子育て家庭の経済的支援の拡充」を求める質問をおこないました。
 江東区では、7月末現在で保育園に入りたくても、どこもいっぱいで入れない待機児が800人を超え、保育園の建設が望まれています。ところが、区は「保育園に入れない人との格差是正」だとして保育料を17%値上する議案を議会へ提案してきました。

 認可外保育料の負担軽減を 
 私は、区直営の認可保育園の保育料を値上げするのではなく、認可保育園に入りたくても入れず、高い保育料を払って認可外保育所を利用せざるをえない世帯への経済的支援こそ拡充すべきだと迫りました。
 現在区は、認可外保育園を利用している保護者へ一律月1万円の保育料補助をおこなっていますが、私は区直営の認可保育園並の保育料となるよう収入に応じて保育料補助を拡充することを求めました。
 区は、(認可外保育料の補助について)「来年度予算に向けて収入、第2子・第3子を含め、検討する」と約束しました。

 区保育料の値上げストップを! 
 一方、区は「10年間保育料を改訂していない」「世帯収入は上がっている」「税制改正で保育料収入が減っている」などと保育料値上げを10月5日の厚生委員会で与党多数で強行しようとしています。
 私は、国税庁の民間給与実態統計調査の結果にもとづき、「サラリーマンの給与は9年連続減少。源泉徴収された所得税の総額は3年連続で増加している」「この10年間で年間324,000円もサラリーマンの給与が減っている」と指摘。 さらに、今回の税制改正は「所得税から住民税への税源移譲で、所得税だけが減税されたわけではない」「定率減税廃止や配偶者特別控除の廃止で所得税・住民税合わせて大増税が襲いかかっている」と述べ、「その上に保育料負担増で追い打ちをかけるやり方は『便乗値上げ』といわれても仕方ない。保育料値上げ案を撤回せよ」とただしました。
 区は「収入は上がっていると認識している」「便乗値上げではない」と答弁しました。  
 
 
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親亡き後も地域で自立してー 2006年度決算審査特別委
2007/10/02(Tue)
 いま江東区議会では昨年度の決算審査がおこなわれています。
私は9月28日、障害者福祉対策について質問しました。
障害者の高齢化、重症化とともに家族介護者の高齢化がすすみ、親亡き後も障害のある人が住みなれた地域で自立して住みつづけられるよう住まいや仕事、日中に活動できる場を確保することが何よりも必要だと思います。
 また、権利ようごにつとめながら生活全般の相談・援助ができる総合的な支援体制が求められていると思います。
 私はこの間、障害者やそのご家族、障害者通所・授産(じゅさん)施設などを視察(しさつ)してきたことをふまえ、障害者の声を取り上げました。とりわけ、障害者(心身・知的・重複障害者・精神)のみなさんの要望が大きい①親亡き後の支援②情報提供不足の解決③就労支援の拡充④相談体制の充実ーをつよく求めました。
 そのなかで、区は「福祉サービスや手続きの方法などの情報を江東区のホームページに分かりやすいように工夫して掲載(けいさい)する」と約束しました。
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