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製造日が消えた理由
2007/11/28(Wed)
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連載 私の雑記帳 (25)  初質問
2007/11/23(Fri)
 1999年4月の区議会議員選挙で、私は初当選を果たしました。その4年前の区議選では27票差でせり負け、捲土重来を期して活動してきた努力が報われました。
 5月25日、区議選後初めての臨時区議会が開かれました。私は、厚生委員会と区政対策特別委員会に所属することに決まりました。
 その年の9月、日本共産党江東区議団を代表して本会議で初質問をおこないました。傍聴席を見ると、私の初質問を聴こうと地元からたくさんの支援者が傍聴に来ていました。
 私は緊張のため心臓はドキドキ、喉はカラカラでしたが平静を装っていました。いよいよ私の番。手を上げて大きな声で『議長』と叫びました。すると、議長が『9番、正保みきお君』と指名します。
 私は堂々と登壇しました。演台の上には水差しと時計が置かれています。水差しで喉を潤してから質問を始める人がいますが、私にはそんな余裕など全くありません。
 私は、大型店の出店問題、中小企業振興、小名木川の整備促進について質問しました。
 室橋区長は、小名木川整備について『ジョギングや散歩もできる水辺の創出を区民と考え、都に要望する』と約束しました。
 
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マンション規制条例  歯止めをはずしていいのか!
2007/11/17(Sat)
 江東区マンション建設計画の調整に関する条例(マンション規制条例)が今年12月31日で効力が失われます。
 区長は11月13日、区議会防災・まちづくり特別委員会で、現行のマンション規制条例を廃止し、新条例を制定する考えを示しました。
 現行条例は、人口が急増して小学校等が不足する地域を「受け入れ困難地区」に指定してマンション建設を規制していましたが、新条例ではこの指定制度を廃止し、建設計画の事前届け出を受け付け、区との協議を条件に区内全域で建設を認めるものです。
 
 区長は「人口増は都市の力」「公共施設建設は行政の責任」と語りました。
 しかし、現実はマンションを規制して公共施設との調整をはかってきたにもかかわらず、この4年間にも保育園の待機児童が毎年増え続け、待機児数は都内で一番多い800人超。多くの学校で特別教室をつぶし普通教室にしたり、プレハブ校舎で授業を続けている小学校があります。
 区は今年6月、「マンション急増対策の現状と課題」をまとめ、そのなかで「条例の失効で受け入れ困難地区の指定制度がなくなった場合、一気にマンション建設計画が噴出する恐れがある」と自ら予測しています。それなら、現行条例の継続がスジでしょう。
 
 現行のマンション規制条例の第8条では、「区長は、マンション建設が急増し、公共公益施設への受け入れが困難な地区をあらかじめ指定し、又は解除することができる」と規定しています。
 今後も「マンション建設が噴出する恐れがある」なら、困難地区指定制度を廃止する新条例の制定ではなく、受け入れ困難地区の指定や解除が柔軟にできる現行条例の継続こそ現実的な対応ではないでしょうか。
 








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連載 私の雑記帳 (24) 初当選と母の死
2007/11/16(Fri)
 1999年4月23日投票の区議会議員選挙で、私は2,617票を獲得して2度目の挑戦で初当選を果たしました。前回得票(1,680票)の1.5倍、937票を増やしました。
 「バンザーイ、バンザーイ」選挙事務所は当選の報に大いに沸きました。捲土重来を期し、党支部・後援会とともに汗を流してきた努力が報われた瞬間です。
 夕方には、当選証書と議員バッチが選挙事務所に届きました。自宅に戻ってから穴が開くほど当選証書をながめました。
 その5日後、家族で北海道帯広市の病院へ母の見舞いに飛んでゆきました。
 2年前、末期がんで胃の全摘手術をした母は、抗がん剤を点滴しながら、体のあちこちで暴れまわっている病魔と必死に闘っていました。
 当選証書と、選挙をともに戦った仲間と笑顔で万歳をしている写真を見せると、目の奥に焼きつけるようにしっかりとした声で『良かった。良かった』と何度も何度も繰り返し、喜んでくれました。
 その2ヵ月後、母は69年の生涯を終えました。
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2007年総会・忘年会開催が決定しました。
2007/11/14(Wed)
 すなまち山の会の1年もあと少しで終わろうとしています。第29回例会山行は総会と忘年会を兼ねたものにしました。
 お得な企画になっています。ご家族、ご友人を誘ってぜひ参加してください。
第29回例会案内

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コンパクトどころか378億円増 五輪委が計画見直し
2007/11/13(Tue)
コンパクトどころか378億円増 五輪委計画見直し

20071113165005.jpg

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予算要望書を区長へ手渡しました 11/8
2007/11/09(Fri)
予算要望書を区長へ手渡しました 11/8

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「大連立」と小沢代表の辞意
2007/11/09(Fri)
「大連立」と小沢代表の辞意

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すなまち山の会 上高地へ行ってきました
2007/11/07(Wed)
すなまち山の会 上高地へ行ってきました

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「2大政党」の実態
2007/11/06(Tue)
「二大政党」の実態

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密室での連立協議の破たん  志位委員長が記者会見
2007/11/06(Tue)
密室での連立協議の破たん

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連載 私の雑記帳 (23) 政策提案が実り年間1億円増収
2007/11/02(Fri)
 1995年4月、私は37歳で江東区議会議員選挙に初挑戦しました。結果は1,680票で落選。最下位当選者と僅か27票差でした。
 私は、捲土重来(けんどちょうらい)を期して区議団事務局長として江東区議会の日本共産党議員控室で仕事をすることになりました。
 当時、江東区議会の定数48名のうち、日本共産党の議員が8名いました。議席占有率が16.6%でした。(現在は44名の定数のうち、党議員が8名、議席占有率18.1%)
 私は、現職議員とともに調査・研究を通して政策提案を行い、その実現に向けた取り組みを進めました。区民に負担をかけずに区の財政建て直しができる政策はないだろうかと考えました。
 私は、東京ガス、東京電力、NTTが、電柱や設備の地下埋設で区道をタダ同然で占用している不公平を指摘しました。同時に「適正な占用料の負担を求めるならば、毎年8億円もの増収が見込める」と、党区議団は、江東区道路占用料改正条例を議員提案しました。
 この法律案の作成を私が担当しました。条例案は議会で否決されましたが、この努力が後に実り、1998年から毎年、占用料が1億円増収することになりました。    つづく
 
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全会一致で政府へ「意見書」提出
2007/11/02(Fri)
全会一致で政府へ「意見書」提出

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党首討論 なぜ延期?
2007/11/02(Fri)
党首討論 なぜ延期?

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