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水防演習が行われました  5/24
2008/05/29(Thu)
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        防災服を着用して参加      

 5月24日(土)、江東区豊洲五丁目において、江東区と東京消防庁第七方面合同の水防演習が地元町会・自治会や都営地下鉄、東京メトロなどの事業所の参加でおこなわれました。
 訓練は、台風の接近と梅雨前線で東京地方に大雨洪水高潮警報が発令。運河や東京港の水位が満潮時と重なり増水し、大規模な浸水被害の発生を想定。
 土のうや水のう設置、浸水ドア開放不能体験、消防ヘリや救命ボートによる人命救助などの訓練が実施されました。
 下の写真は、積み土のう工法で、土のうの3分の1の上に次の土のうを重ねていくのがコツだとのことです。
 
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           RIMG0010.jpg
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新しい区議会構成が決まりました
2008/05/26(Mon)
本日5月26日、江東区議会では今年度の議会構成等を決める臨時会本会議が午後1時から開会されました。その結果、新議長に星野博氏(自民)、新副議長には小菅富貴子氏(公明)が選挙で34票(44票中)を獲得し選ばれました。
 日本共産党は、議長を斉藤信行氏(8票)、副議長を菊池幸江氏(8票)に投票しましたが及びませんでした。
 また、山孝明区長から監査委員の選任同意方が提案され、新監査委員に山本香代子氏(自民)と秋田茂夫氏(公明)が賛成多数で選任されました。
 日本共産党(8名)、民主ク(9名)、市民の声(2名)は、「監査は第一党、第2党以外から選任すべき」との考えから区長提案に反対しました。
 常任・議会運営・特別委員会の新しい構成は、以下の表のとおりです。

日本共産党の正・副委員長は次の通り。
 ◎建設委員長=添谷良夫       ◎医療・介護保険制度委員長=畔上三和子
 ○ 厚生副委員長=大嵩崎かおり  ○ 防災・まちづくり副委員長=正保幹雄

日本共産党区議団の役員体制
 区議団長=畔上三和子  幹事長=菊池幸江   副幹事長=菅谷俊一 
政調会長=大嵩崎かおり

新しい区議会構成が決まりました



   
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中国四川省大地震の救援募金を訴えました
2008/05/23(Fri)
中国四川省大地震の救援募金を訴えました
 日本共産党江東地区委員会と区議会議員団(8名)は5月20日、東西線東陽町駅前で午後5時から中国四川省大地震の救援募金を訴えました。小学生や女子高生、勤め帰りのサラリーマンなど多くの方々から募金が寄せられました。
 印象的だったのは、中国出身の方だとわかる人たちから「よろしくお願いします」と、頭を下げて募金をしていく人が多いことでした。 約1時間の行動で、3万6千円が寄せられました。
中国大使館を通じて被災地に届けます。ありがとうございました。
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議会改革の検討結果について
2008/05/21(Wed)
議会改革の検討結果について
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都議予定候補に畔上三和子さん
2008/05/21(Wed)
都議予定候補に畔上三和子さん
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連載 私の雑記帳(32) 医者嫌い
2008/05/20(Tue)
 区議選に失敗し、小包郵便局で仕事をしている時のことでした。その日は、郵便車で到着したパレット(2~300キログラムの荷物を載せた専用台車)を引き込む仕事でした。パレットから荷物が落下し、左足の親指を骨折。労災が認められました。
 怪我をしたときに、怪我の記憶がよみがえってくるものなのでしょうか。〇歳の時、はいはいしていてお湯の入った鉄瓶をひっくり返し、左足の甲に大やけどを負いました。当然、記憶はありません。今でもケロイドが消えません。
 3歳の夏、近所の友達と遊んでいたとき、道路と畑の間にある排水堀をみんなは簡単に飛び越えていきました。私もまねをしてジャンプしましたが排水堀に落下。鎌で刈った葦が右目の下に突き刺さりました。
 母は刺さった葦を抜き取ったら4センチくらいの長さがあり「もうだめだろうと思った」と、後に私に話してくれました。幸い、急所を外れていたので助かりましたが、十勝ワインで有名な池田町の病院へ通院しました。
 病院では、診察が自分の番に近付いてくると、外へ逃げ出して母が捕まえて診察台に乗せるのにたいそう苦労したそうです。私の医者嫌いはこのときからだと思います。
 中学2年の秋、野球の公式戦でランナーにタッチしたとき、左手親指を骨折。子どもの頃から今日までよく怪我をしました。
 病気や怪我をしたときに、人のやさしさというものが良くわかるものです。     つづく
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連載 私の雑記帳(31) 通信制の大学へ
2008/05/18(Sun)
 人が勉強しようとする時期はさまざまであり、年齢にかかわりはありません。この生涯学習の夢をそのまま実現してくれるのが「放送大学」です。この大学は、テレビとラジオを視聴しながら、教材を使って自宅で自分の時間に合わせて学習できる正規の大学です。
 私は、2001年に教養学部に入学し、2005年に卒業(学位取得)しました。学生は年齢や経験もさまざまで、社会のあらゆる階層の人が学んでいるという感じです。
 現職議員のときの2年間は、自宅に帰ってから録画したビデオでコツコツと勉強していました。後半の2年間は大変でした。卒業に必要な124単位のうち、最低20単位は教室で授業を受けなければなりません。ホテルの皿洗いや郵便局の夜勤、清掃の仕事を終え、そのまま文京区にある筑波大学内のキャンパスに飛び込みました。
 疲れすぎて、2階の教室へ手すりにつかまってやっとたどり着いたことや、試験中に睡魔に襲われて存分に力が発揮できなかったことなど、色々思い出されます。しかし、途中で投げ出したくない、卒業できるまでがんばりたいという思いが私を駆り立てました。
 この経験を今後の活動に生かしてゆきたいと思います。                 つづく
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