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連載 私の雑記帳 (7)都市銀行へ入社
2007/07/12(Thu)
 私は高校を卒業後、働くことに決めていました。
 1975年、高校3年の秋、札幌で三菱銀行の筆記・面接試験を受けました。そして1ヶ月後、東京勤務の内定通知が届きました。
 翌76年3月27日、私は釧路空港から羽田行きの飛行機に搭乗し、まだまだ冷え込む北海道の大地を飛び立ちました。 空港ロビーのガラス越しに、涙を流して静かに見送る母の姿がありました。
 羽田空港に到着すると兄が迎えに来てくれていました。それはうれしかったです。兄は5年前から他の都市銀行に勤めていて、久しぶりに会う姿は本当にたのもしく大きく見えました。私がこれからお世話になる大田区北馬込の独身寮まで、迷子にならないよう兄にしっかりくっついて歩きました。いや、走りました。
 私の勤務場所は、東急田園都市線(現大井町線)二子玉川駅前にある玉川支店で、その道路向かいには新築オープンしたばかりの玉川高島屋がありました。
 世田谷区玉川とはいっても、多摩川の鉄橋を超えると神奈川県となり、田園風景は田舎者の私にぴったりの場所でした。
 それに、晴れた日には遠く富士山がきれいに見えました。多摩川の土手をすこし歩いて行くと、小さい頃からあこがれていた巨人軍の多摩川グランドがありました。
 私の最初の配属は資金係でした。玉川高島屋から集金してきたテナントの売上金を袋から出して、1円も間違えることなくお札と硬貨を数える仕事です。新入行員の誰れもが最初に経験する部署です。だから、今でもお札を扇形に開いて素早く数えることが身についています。  当時、この東急沿線は開発ラッシュで、たまプラーザなど新しくできた駅の前には三菱銀行の支店が次々と開設されていきました。
 私の資金係には、毎日のように億単位の土地代が現金で入ってきました。 つづく               
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